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長野地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決

原告 加藤安敏

被告 百瀬康

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一双方の申立て

一  原告

1  被告は、楢川村に対し六万円を支払う。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前)

主文と同旨

(本案について)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因及び原告の主張

一  原告は、楢川村住民であり、平成元年一二月一二日、楢川村監査委員に対し後記のとおり被告が違法に固定資産税の賦課徴収を怠ったことにより楢川村に与えた損害を補填するため被告に対する必要な措置を講ずべきことを請求した(以下「本件監査請求」という。)ところ、同監査委員は、平成二年二月八日、原告の本件監査請求を却下した。

二  違法に公金(固定資産税等)の賦課徴収を怠るといった不作為に関しては地方自治法二四二条二項の適用はないところ、公金の賦課徴収に関しては債権の時効消滅が想定しうることから五年間の徒過により監査請求ができなくなることは当然としても、原告の本件監査請求は、被告が昭和五八年度固定資産税の徴収を怠ったことについてではなく、被告が時効により消滅させた固定資産税にかかる損害賠償についてなされたもので、本件訴えは、その代位請求である(最判昭和六二年二月二〇日の事案は、財務会計上の四種類のいわゆる「当該行為」(以下「当該行為」という。)に関するもので、怠る事実に関するものではないから、本件に適用される余地はない。)。

監査請求期間は監査請求の要件であり、いわば訴訟要件にあたるものであるから、明文の規定がないのに条理等によって怠る事実にかかる監査請求についても相当の期間が経過したときはできないとして制限をすることはできない。

三  楢川村は、昭和一四年六月一四日、その所有する木曽郡楢川村大字平沢字綿澤一四五一番一三六原野二九七二一九平方メートル(以下「本件土地」という。)について、伊藤寛司他一九八名に対し期間三〇〇年の地上権を設定した。

四  しかるに、楢川村村長である被告は、法令または条例に基づくことなく、前記伊藤他一九八名(地方税法三四三条一項)に対し本件土地について昭和五八年度固定資産税の賦課徴収を怠った。

昭和五八年度固定資産税の最終納期限は昭和五九年三月三一日であるから、右固定資産税の徴収権は、地方税法一八条により平成元年三月三一日に時効により消滅した。

したがって、被告は、違法に前記固定資産税の賦課徴収を怠り、その徴収権を時効消滅させたことにより楢川村に対し右固定資産税相当額(本件土地の昭和五八年度課税標準額四四八万八〇〇六円、税率百分の一・四、税額六万二八〇〇円)の損害を与えた。

五  そこで、原告は、楢川村に代位して被告に対し楢川村に前記損害のうち六万円(端数の二八〇〇円を切捨て)を支払うよう請求する。

第三請求原因に対する答弁及び被告の主張

一  請求原因一を認める。

二  同二を否認し争う。

本件監査請求の期間は、地方自治法二四二条二項により法定納期限より一年間と解すべきであり、後記のとおり、昭和五八年度固定資産税の法定納期限は昭和五八年六月三〇日であるから、これより一年を経過してなされた本件監査請求は不適法で、本件訴えは却下されるべきである。

いわゆる怠る事実にかかる請求につき明文の期間制限はないとしても、その請求は無制限に認められるものではなく、条理上当然に、相当の期間を経過したときは認められないと解すべきで、既に時効により請求権を失った債権についてまで監査請求をすることはできない。

賦課漏れにかかる固定資産税については、本来賦課すべき年度の第一期分の納期限が法定納期限であるから、昭和五八年度固定資産税の法定納期限は昭和五八年六月三〇日であり(甲第五号証)、その徴収権は昭和六三年六月三〇日の経過により消滅したことになる。

したがって、本件監査請求は不適法で、本件訴えは却下されるべきである。

三  請求原因三を認める。

四  同四のうち、楢川村村長である被告が伊藤他一九八名に対し本件土地について昭和五八年度固定資産税の賦課徴収を怠ったこと、本件土地の税額が原告主張のとおりであることを認め、その余を否認し争う。

昭和五八年度固定資産税の課税漏れは、税務事務の合理化による電算処理に際しての不可抗力的ミスに起因するもので、被告がこれを看過したことには巳むを得ない事情がある。

違法または不当に公金の徴収または賦課を怠るとは、法令または条例の根拠なくして特定の者に課税を免除し、または使用料の徴収を免除することをいい、単なる事務処理上の単純ミスによる遺漏までは含まれない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因一の事実、すなわち、原告が楢川村住民であり、平成元年一二月一二日、楢川村監査委員に対し本件監査請求をしたところ、同監査委員が平成二年二月八日、原告の本件監査請求を却下したこと、同三の事実、同四のうち、楢川村村長である被告が伊藤他一九八名に対し本件土地について昭和五八年度固定資産税の賦課徴収を怠ったこと、本件土地の税額が原告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告が楢川村に代位して被告に訴求する損害賠償請求権は、楢川村村長である被告が伊藤他一九八名に対し本件土地について昭和五八年度固定資産税の賦課徴収を怠り、その課税期間の経過により楢川村に与えた右固定資産税相当(一部)の損害賠償請求権である。

三  ところで、地方自治法二四二条一項の「怠る事実」を対象とする住民監査請求については、賦課徴収すべき租税の賦課徴収を怠っているなどの事実が現に継続している以上(怠る事実が時々刻々発生し、かつ終了しているとも観念しうる。)、何時でもその事実の是正を求めうるとするのが当然であるから、同条二項の監査請求期間(一年)の制限には服しないというべきであるが、怠る事実が終了した後に当該怠る事実によって被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求する監査請求は、右怠る事実が終了した日から相当の期間の制限に服すべく、その期間は、「当該行為」の場合との均衡上及び怠る事実の終わった日を「当該行為」の終わった日と同視しうることに照らし、一年と解するのが相当である(三好達「住民訴訟の諸問題」新・実務民事訴訟法講座九巻三一七頁、大藤敏編・裁判住民訴訟法三一五頁参照)。

けだし、地方公共団体が当該職員に対して損害賠償請求等適当な措置をなしうる期間とは無関係に、住民が住民自治の一手段としての監査請求をすべき期間を短期一年に制限している趣旨(法的安定、早期確定等)は、監査請求の対象が、「当該行為」である場合も、「当該行為」が違法、無効であることに基づいて発生した損害賠償請求権等である場合も、「怠る事実の終了」がある事案において当該違法な怠る事実に基づいて発生した損害賠償請求権等である場合も異なることはなく、怠る事実が終了した場合には、怠る事実が継続する場合のような期間制限を設けがたい性質上の特殊性はないからである。

四  しかして、被告は、本件土地について昭和五八年度固定資産税の賦課徴収を怠ったものであるが、右怠る事実は、課税期間の経過により終了し、その時点において、損害賠償請求に必要な他の要件の具備を別にすれば、楢川村に固定資産税額相当の損害が発生したことになる。

そして、固定資産税にかかる賦課決定は、法定納期限の翌日から起算して五年(これは除斥期間である。)を経過した日以後においてはすることができない(地方税法一七条の五、三項)。

地方税法第一章総則の各条に規定する「法定納期限」とは、同法または同法に基づく条例の規定により地方税を納付し、または納入すべき期限をいい、納期を分けている地方税の第二期以降の分については、その第一期の納期限をいい(同法一一条の四、一項)、固定資産税の納期は原則的には同法三六二条に定めるとおりであるが、楢川村は、楢川村村税条例六七条一項(甲第五号証)で固定資産税の納期について六月から毎月末日までに納付すべきものとし、六月期分(第一期)から一〇回徴収とすると定めているから、昭和五八年度固定資産税の法定納期限は、昭和五八年六月三〇日である。

したがって、被告の怠る事実は、昭和五八年六月三〇日の翌日から五年を経過した昭和六三年六月三〇日に終了しているものというべきである。

そして、原告の本件監査請求は、被告の怠る事実の終了した日から一年以上経過した後の平成元年一二月一二日になされているから不適法というべきである。

五  よって、適法な監査請求を経ていない本件訴えは、その余の判断をするまでもなく不適法として却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎健二 菊地健治 中山直子)

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